技術情報

OCXOの特長とご使用時のポイント

2020年04月21日

[ PDF ]

1.背景
 5Gの2020年3月からの商用化に伴い、今後はより一層の、超高速・大容量通信、超カバレッジ拡張、低消費電力・低コスト化、超低遅延、超高信頼通信、超多接続、センシング等の様々なユースケースに対応するための複数要求条件の組み合わせが想定されます。
 このトレンドの中で、情報通信を土台で支えている電子部品の一つが、恒温槽付水晶発振器(OCXO: Oven Controlled Crystal Oscillator)です。
 特にスマートフォンの通信基地局や、有線ネットワークでは、それぞれの場所にて同期(Synchronization)が必要なため、周波数、時刻、時間基準となるOCXOが必要となります。
 しかしながら、OCXOは、一般的に使用される水晶発振器(XO, VCXO, TCXO)と比較して、使用される用途も限定され使用上注意すべき点も多く、より玄人好みの水晶発振器だと言えます。ここではOCXOの特長とご使用方法のポイントを抜粋して説明致します。


2.OCXOとは?
 OCXOとは、恒温槽によって水晶発振器、または水晶振動子の温度を一定に保ち、周囲温度の変化による出力周波数の変化が、最も少なくなるようにした水晶発振器です。周囲温度変化に対する周波数安定度としては、数ppb~数10 ppbのモデルが主流です。
 一方で、出力周波数を安定化させるために、恒温槽を常に稼働させる必要があるため、XOTCXOと比較して、起動時に恒温槽が暖まるまでに数分の時間を要したり(TCXOではmsオーダーで起動)、消費電流が数W程度と大きくなることが短所となります(TCXOでは数mW~数10mW程度)。
図1に各種水晶発振器の内部簡易ブロックと周波数温度特性のグラフを示します。

図1.水晶発振器の分類、内部簡易ブロック図と周波数温度特性

図1.水晶発振器の分類、内部簡易ブロック図と周波数温度特性
(出典:「Quartz Crystal Resonators and Oscillators
For Frequency Control and Timing Applications - A Tutorial」, 2013, John R. Vig

(1)OCXOのサイズトレンドと用途
OCXOが使用される用途は固定通信、産業機器向けが多く、主に下記があります。
その用途の中でシステムの周波数基準源、マスタークロックとして重要な役割を担います。
それぞれの用途に必要な主要特性を合わせて記します。(表1ご参照)

表1.<span>OCXO</span>の用途と要求される特性

表1.OCXOの用途と要求される特性


 上記の用途から、図2に示しました通り水晶発振器の中では比較的大型のサイズトレンドとなります。4G, 5G等の携帯電話、スマートフォン基地局用途向けには、25x22mm、14x9mmが主流で使用されており、小型基地局向けには9x7mm以下のサイズが増加傾向にあります。また、消費電力が数100mWの製品が主流のため、バッテリー駆動よりも外部から継続して安定した電源が供給される場合が多いです。
 用途、サイズ、消費電力、周波数安定度、位相雑音、価格の観点から最も適した製品をご選択下さい。
 当社から一部の項目について、ご要望を頂ければ、最適なご提案もさせて頂きます。

図2.<span>OCXO</span>サイズのライフサイクルトレンド

図2.OCXOサイズのライフサイクルトレンド


(2)OCXOの長所と短所
OCXOの長所と短所を簡潔にまとめると下記となります。
<長所>
 ・周波数安定度が高い(周波数対温度特性、長期周波数安定度など)
 ・低位相雑音である(特に1Hz, 10Hz等の離調周波数の近傍領域)
 ・短期周波数安定度が良い(特にτ:1s, 10s等の領域)
 ・低ジッターである(一例として、12kHz~5MHzの位相雑音積分から数100fs )
<短所>
 ・消費電力が大きい(一例として、安定時に数100mW
 ・外形が大きい(最も一般的なサイズは、25x22x12.1mm
 ・価格が高い(TCXO等との比較、原子発振器と比較すると安価)
図3に各発振器の特性および特長の比較を示します。


図3.発振器の種類と特長

図3.発振器の種類と特長
(出典:「Quartz Crystal Resonators and Oscillators
For Frequency Control and Timing Applications - A Tutorial」, 2013, John R. Vig


(3)OCXOの特長詳細
下記にOCXOの特長について、もう少し詳しく解説していきます
・水晶振動子には、水晶片を精密に2回回転の角度で切り出されるSCカット、3rdオーバトーンの設計が周波数温度特性と長期周波数安定度の観点から用いられることが多いです。一方、廉価版で周波数安定度要求が比較的緩いOCXO向けには、ATカット水晶振動子が用いられることもあります。
(図4ご参照)
・内部恒温槽を用いて、水晶振動子の周波数温度特性における零温度変化点(ZTC)にて一定温度制御を行い、高い周波数安定度を確保しています。
(図5ご参照)
・水晶振動子のパッケージには、高精度、高安定用途では金属コールドウェルドのリードタイプ、小型タイプではセラミックのシーム封止SMTタイプパッケージが用いられることが多いです。
OCXOの周波数温度特性は、数ppb~数10ppbのモデルが主流です。
OCXOの長期周波数安定度は、0.数ppb/日~数ppb/日のモデルが主流です。
Q値の高い水晶振動子を用いるため、低近傍位相雑音も期待でき、BER(Bit Error Rate)や変調時のEVM(Error Vector Magnitude)特性にも寄与します。

図4.水晶原石における水晶片の切り出し角度(一回回転AT-cutと二回回転SC-cut)

図4.水晶原石における水晶片の切り出し角度(一回回転AT-cutと二回回転SC-cut


図5.<span>OCXO</span>内部恒温槽の温度制御点(<span>AT-cut</span>水晶の一例)

図5.OCXO内部恒温槽の温度制御点(AT-cut水晶の一例)


3.OCXOの代表的な特性
(1)起動時電力
 OCXOは、起動時に数W、数分後の安定時に数100mW程度の電力を消費します。
常温偏差の規定値 [ppb]は、安定時に到達してからの規定であり、安定時以降にOCXOとしての諸特性を実現する設計となっております。評価をされる際には、仕様書を良くご確認された上で、直流安定化電源の電流容量にもご注意をしてご使用下さい。
(図6ご参照)

図6.OCXOの消費電流経時変化の一例 (f : 10MHz)

図6.OCXOの消費電流経時変化の一例 (f : 10MHz)

(2)周波数温度特性
 周囲温度変化に対する周波数偏差を表した特性が、周波数温度特性になります。
ppb~数10ppb/-40~+85の仕様が一般的です。(図7ご参照)
 使用されるアプリケーションが、寒暖のある場所に設置される場合、あるいはアプリケーション内部にて、OCXOそのもの、パワーアンプ、あるいは電源回路等の発熱により、OCXOの周囲温度が変わる場合には、この特性値をご参考にして下さい。

図7.OCXOの周波数温度特性の一例 (f : 10MHz)

図7.OCXOの周波数温度特性の一例 (f : 10MHz)

(3)長期周波数安定度(エージング)
 OCXOの特性の中で、特長的な項目が長期周波数安定度(別名、エージング)です。XO, TCXO等の水晶発振器では、総合安定度や年間の安定度が規定されることが多いですが、OCXOの場合には1日あたりの安定度[ppb/day]が規定されることが殆どです。一般的には0.数ppb~数ppb/dayの仕様が多いです。(図8ご参照)また、1日あたりの安定度が規定される場合には、その基準日(開始日)が数日後、長くて30日後と規定されることが多いです。その他水晶発振器とは着目する時間スパンが全く異なるため、製品の選定や評価時にはご留意下さい。

図8.OCXOの長期周波数安定度特性の一例 (f : 10MHz)

図8.OCXOの長期周波数安定度特性の一例 (f : 10MHz)

(4)位相雑音
 位相雑音特性の一例を図9に示します。OCXOでは、その他の水晶発振器と比較して大型、オーバトーン、Q値の高い水晶振動子を使用しているため、オフセット周波数1Hz, 10Hz等の近傍の位相雑音が良好となります。
 そのため、携帯電話基地局における変調特性にて要求されるEVMError Vector Magnitude)の低減、また高級オーディオにおけるハイレゾ音源再生に用いるマスタークロックにも適しており高音質に寄与します。

図9.OCXOの位相雑音の一例 (f : 10MHz)

図9.OCXOの位相雑音の一例 (f : 10MHz)

(5)短期周波数安定度
 短期周波数安定度は、従来より原子発振器はじめ基準発振器の基本性能を表す重要な指標として用いられてきました。具体的には周波数の経時変化の分散(ばらつき)を示した指標であり、別名、考案者の名前からアラン分散と称されることも多いです。この特性は、着目した周波数測定インターバル時間Tau [s]に対する分散<i>σyとして表されます。時刻基準用の大型の原子時計だとTau 100s以上等の長い時間間隔が比較的重視される傾向にあり、水晶発振器等小型の発振器だとTau 1sが重視される傾向にあります。

 短期周波数安定度の一例を図10に示します。一般的に高安定タイプのOCXOですと、測定時間間隔Tau 1~10sにてベストな特性が期待でき、図10の例ですと、E-12オーダーの実力となっております。(※比較対象として、同サイズの小型原子発振器ですとE-11程度が一般的な実力です)一方で、Tau 100s以上の領域では、一般的にはOCXOでは実力E-11以上であり、ルビジウム等の小型原子発振器の実力E-12オーダーには実力が及ばないと言われています。(図10中の赤色プロットご参照)
 しかしながら、水晶振動子の設計(水晶片のサイズ、オーバトーン、工程条件等)とOCXOの設計(仕様部品選定、構造、工程条件等)により小型原子発振器と同等の特性を実現することが出来ます。(図10中の水色プロットご参照)

図10.OCXOの短期周波数安定度の一例 (f : 5MHz)

図10.OCXOの短期周波数安定度の一例 (f : 5MHz)

4.その他注意すべき条件等
(1)リフロー
 SMTタイプのOCXOは、リフロー実装に対応しておりますが、体積の大きい製品が多く、ピーク温度はじめとしたリフロー温度プロファイルについては、仕様書上の内容あるいはJEDEC等の公的規格をご参考にして下さい。また、OCXOを上下反転した状態での実装はご遠慮下さい。OCXOが自重で脱落したり内部部品の脱落が起きる恐れがあります。

(2)風速
 OCXOでは、内部が恒温槽で常時温められているため、風があたると一時的に内部の熱が奪われて温度が低下して、周波数安定度の変化として現れます。ファン等を持つアプリケーションに搭載される場合には、OCXOをファンからなるべく離して配置して下さい。

(3)電源変動
 OCXOへの供給電圧が変化すると、内部の恒温槽の温度が一時的に変動し、出力周波数のオーバーシュート、アンダーシュートが現れることがあります。その後、数分を経て周波数は再び元に安定します。瞬時的な周波数変動を避ける場合には、安定した電源回路(DC/DCコンバータ、LDO等)をご使用下さい。

(4)熱衝撃
 OCXOに急激な温度変化を加えると、内部の水晶振動子の固有の特性で周波数が一時的にジャンプすることがあります。温度特性の評価をされる場合には、温度勾配として1/3分程度を目安として温度プロファイルをご設定下さい。

(5)落下・機械衝撃
 OCXOは、その他水晶デバイスと比較すると質量が大きいため、落下・機械衝撃により内部の水晶振動子はじめ電子部品が破損し、本来期待される特性を発揮できない場合があります。具体的には、常温偏差にシフトが生じることが最も想定されるモードです。
 そのため、落下や機械衝撃を加えることが無きように、お取り扱いには十分なご配慮を頂きたく宜しくお願いします。

5.今後の展望
 今回は、OCXOの特長について簡単に紹介させて頂きました。
 OCXOは、その他の水晶発振器XOTCXOと比較して、ベストな周波数精度と安定度を誇る製品である一方で、使用時に注意すべき点も多いことがお分かり頂けたと思います。
 紙面の都合上、記しきれなかった内容も多数ございますので、ご不明な点はお気軽にご連絡、ご相談下さい。


arrow_upward