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2020.03.18
QCMセンサ

技術情報追加「QCMセンサ、NAPiCOS®について」

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1.はじめに
 物質同士が吸着する現象は、生体内をはじめ身近なところで発生しています。例として体内に侵入したウイルスは咽頭や気管支の細胞表面に吸着することで感染が始まります。また、免疫機構が働き、ウイルスに対して特異的に吸着する抗体が産生され、体外へ排除するように動きます。
 このように異なった物質間の吸着について、その量を測定する機器がいくつかあります。当社の水晶振動子を用いた計測器もその一つです。水晶振動子は安定した周波数を生み出す電子部品のため、一般的に車載、家電等の部品として広く利用されています。一方QCM(Quartz Crystal Microbalance、水晶微少天秤)はその逆の発想で生まれたものです。これは一定の周波数を形成後、物質が水晶の電極上に吸着した場合に周波数が低下する性質を利用しています(図1、質量付加効果、2項参照)。通常は水晶振動子を「いかに精度良く一定に発振させるか」が重視されますが、QCMの場合はあえて発振周波数の変化を起こさせます。基本周波数が高いほど、より小さな吸着の差を見分けられます。

図1 質量付加効果

図1 質量付加効果


2.QCMセンサシステム「NAPiCOS®」の特長
 当社のQCM計測器はnano, pico レベルの吸着を検知する性能を有することから、NAPiCOS®(ナピコス)と名づけました(図2)。NAPiCOS®は液体中の物質同士の吸着量、または気体中物質の固体への吸着量などを調べることが可能であり、様々なアプリケーションに応用できます。さらに片手で持ち運べる可搬性、簡便な操作性を有しています。

図2 QCMシステム「NAPiCOS<sup>®</sup>」と主な仕様

図2 QCMシステム「NAPiCOS®」と主な仕様

 QCMは水晶振動子の質量付加効果を利用して、微量分子の質量を計測する手法です。質量付加効果とは質量に対応した周波数低下が現れる現象であり、周波数の低下と質量の関係は、Sauerbreyの式で表すことができます。

Sauerbreyの式

 当社のNAPiCOS®は基本周波数30MHzの水晶振動子をQCMとしています。Sauerbreyの式から、約12pgの物質が吸着すると1Hzの変化が生じる計算となります。
 通常の水晶振動子は単電極であるのに対し、当社は2つの電極を形成したツインタイプを採用しています(図3)。1つの電極をリファレンスとして吸着を防止する処理を行っておくことで、振動、温度変化、粘度変化などの外来ノイズを低減させることができます(差分計測、図4)。1枚の水晶片に2つの電極が形成されているため、センサ間のばらつきの影響を受けずにノイズ低減性能を発揮できることから、精度の良い計測が可能となっています。

図3 電極の配置

図4 差分計測によるノイズの除去

図3 電極の配置

図4 差分計測によるノイズの除去

 もう1つの反応側の電極には、目的の物質を吸着させるための膜を形成しておきます(図5)。例えば、ある種のウイルスを捕捉する特異抗体を電極上に成膜すれば、そのウイルスのみを吸着させることが可能です。抗体は一般的な試薬メーカーから販売されていますが、より用途に合ったものを委託製造することもできます。このように抗体が入手できれば、ウイルスに限らず様々な病原体、癌マーカー、花粉、食物アレルゲンなどを検知するセンサが開発できます。電極表面は通常金としており、抗体であれば10分程度乗せるだけで物理的な吸着が起こり、固定することができます。また最近は抗体だけでなく、DNA、糖などを用いて成膜することもあります。

図5 反応電極への膜修飾及び分析物吸着模式図

図5 反応電極への膜修飾及び分析物吸着模式図

 成膜したセンサは、専用のケースに入れて製品となります(図6)。例としてNAPiCOS®本体にウイルス用のセンサを挿し、前準備として適切な溶液(生理食塩水など)をセンサ口に1滴垂らしておきます(図7)。このときの周波数をベースと設定(X Hz)し、その後ウイルスを含んだ患者の検体を垂らした後の周波数(Y Hz)との差分を確認します(X-Y Hz、図8)。あらかじめ既知の濃度で描いた検量線(注)にあてはめることで、サンプル中に含まれている量を推定できます。センサにもよりますが、およそ5分~20分程度で結果が分かります。

図6 QCMセンサ(ケース組立後)

 図7 溶液滴下の様子

図6 QCMセンサ(ケース組立後)

  図7 溶液滴下の様子

図8 差分計測による反応波形模式図

図8 差分計測による反応波形模式図

注)検量線:既知の濃度の試料を測定した際の、濃度に対する変化の線のこと。図10、11参照。


3. 医療用センサへの適用
 病院で採血後、生化学検査の検査表を見ると「CRP」という項目があります。CRPとはC-Reactive Protein(C反応性タンパク質)の略称で、体内に炎症が起きた際に数値が高くなる炎症マーカーです。炎症を起こすとCRPが細胞内から血液中に出てくるためです。CRP値が高い場合、体のどこかで炎症が起きていると推測できます(図9)。

図9 炎症イメージ

 図10 CRP検量線

図9 炎症イメージ

  図10 CRP検量線

 NAPiCOS®ではCRP抗体を成膜したセンサを用い、高感度に定量することが可能です。簡易検査法としてイムノクロマト法がありますが、およそ1000ng/mL(0.1mg/dL)以上となります。一方NAPiCOS®では10ng/mLから検出が可能です(図10)。血液はセンサ内で凝固してしまうため現時点で非対応ですが、適切なフィルタで凝固因子を除去する仕組みを備えれば、血液そのものでも検査できるようになります。血液に対応できれば病院に行かなくても自宅で血液検査したり、救急現場で迅速に結果を得られたりできるなどメリットがあります。
 また血液、尿、唾液などの体液に含まれる各種病理マーカー、ウイルス、菌等の定量検査に応用可能です。各々要求される感度が異なり、年々そのレベルは高くなっていますが、NAPiCOS®センサの高感度化、質の良い抗体(抗原との吸着力が強く、特異性が高いもの)の使用、金コロイド等による質量増感を行うことで実現可能となります。

4.食品分野への適用
 この他、食物アレルゲンを検知するQCMセンサも開発しています(プリマハム様との共同研究)。現在主流となっている定性的な簡易検査法に加え、定量性を持たせたセンサとなっています。また、高精度な定量検査が可能である反面、1回の検査が高額かつ長時間要するELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)法と遜色ない定量結果が得られています。
 例として小麦アレルゲンセンサの検量線を示していますが、直線性を持つ良好な結果が得られました(図11)。また、既知の量(10µg/mL)の小麦アレルゲンを食品に添加し、その食品中の小麦アレルゲンを定量したところ、脂肪分の多いハムや甘味、酸味のあるオレンジジュース中でもELISAとほぼ同様の定量結果が得られました(図12)。今後給食センター、自宅での検査への適用が期待されます。

図11 小麦アレルゲン検量線

図11 小麦アレルゲン検量線


図12 小麦アレルゲン添加食品の定量値比較結果(2016年度 日本食品科学工学会)

図12 小麦アレルゲン添加食品の定量値比較結果(2016年度 日本食品科学工学会)

5.NAPiCOS®でビールのコクを判定
 私たちの生活に身近な分野にもNAPiCOS®を適用できます。ビールを飲んだときに感じる「コク」をNAPiCOS®で定量化したところ、人間が実際に飲んで判定する官能試験の結果と高い相関が見られました(サッポロビール様との共同研究)。このコクセンサ(NAPiCOS®)は、QCMセンサの金電極上に抗体を成膜したのではありません。味成分(苦味、甘味など)が舌の細胞に吸着するとコクを感じると考え、細胞の外側を構成する脂質膜を電極上に成膜しました(図13)。実際にあっさりとした味わいのビールとコクを感じるビールをコクセンサで計測したところ、後者のほうが大きな周波数低下を示しました(図14)。さらにビール8種をコクセンサで計測すると、異なる周波数低下量が得られました。官能試験で強くコクが感じられると判定されたビールほど、周波数低下量も大きいことが分かったのです(図15)。味成分の吸着量を周波数変化量に置き換えられる可能性が示されたことから、複雑な味覚であるコクの定量法として、官能試験に代わり活用することがビールメーカーで期待されています。

図13 脂質膜成膜模式図

 図14 コクの量と周波数低下量の関係

図13 脂質膜成膜模式図

  図14 コクの量と周波数低下量の関係

図15 ビール8種の官能検査値とコクセンサ値の相関(2013年 日本味と匂学会)

図15 ビール8種の官能検査値とコクセンサ値の相関(2013年 日本味と匂学会)

 ビールだけでなく、お茶やコーヒーなどの飲料、あるいは液状にできれば食品でも同様にコクが定量化できる可能性があります。普段の食卓でコクが簡単に数値化されたら興味深いかもしれません。

6.今後の展望
 NAPiCOS®は30MHzのツインセンサを採用することで、高感度かつ外来ノイズに強いという特長を持ったQCMシステムです。今回紹介した液相中での計測に加え、気相計測にも適用可能です。さらに小型で可搬性があり、誰でも簡単に使えることから、各種病院、野外でのオンサイト計測などにも適しています。将来多くのアプリケーションが生まれ、社会に貢献できるものと考えています。



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